公開日 2026年09月25日
更新日 2026年09月25日
高田弥沙さん

神奈川県出身の高田さんが佐那河内村に移住して、もうすぐ10年。これまで日本各地の土地を渡り歩き、海外にも拠点を置いてきた高田さんが、なぜ佐那河内を選び暮らし続けているのだろう。現在は、自宅に小さな工房を構え「おやつ屋yocco(ヨッコ)」として焼き菓子をつくっている。村との出会いから、自分の生業を見つけるまで。高田さんが歩んできた道のりを聞いた。
旅するように暮らしてきた高田さんが、佐那河内に根を下ろした理由
もともと人に会いに行ったり、知らない土地を訪れたりするのが好きだったという高田さんは、これまでの職歴も実に多彩。養護教諭として学校に勤務したほか、カンボジアの学校で日本語を教えたり 、NPO法人を通じた仕事に携わったりと、さまざまな場所で経験を重ねてきた。
そんな高田さんが佐那河内村を知ったのは、沖縄県のゲストハウスに勤めていた頃。宿泊客として訪れたのが、佐那河内で野菜を中心とした弁当をつくる『YOME厨房』の代表・多田さん一家だった。
「その時に徳島の村に住んでるみたいな話を聞いて、沖縄での仕事が終わったあとに遊びに行きました。その時は、こんな村があるんだと知っただけだったのですが、何年かして『YOME厨房』を始めることを聞いて。食に興味があったので面白そうだなと思ってYOME厨房で働くために佐那河内にやってきました」。
「ここなら自分にも何かできるかもしれない」

最初は一年間の修行という期限付きで訪れた高田さんだったが、YOME厨房で働くなかで料理そのものだけでなく、お菓子をつくる楽しさに惹かれていく自分に気づいたと話す。YOME厨房を卒業した後は、本格的にお菓子づくりの道へ進むことを決意。
「最大の決め手は、YOME厨房で一緒に働いていた仲間たちを見ていたら、ここなら自分にも何かできるかもと感じられたことですね。周りにいた人たちに背中を押されました」。
おやつ屋yoccoのスタート
おやつ屋として一歩を踏み出した高田さんは、数年間どこかで修行をして学ぼうと考えていたという。そんな時に出会ったのが、神山町のお菓子屋『MORIGCHOWDER(モリグチャウダー)』。店主から「うちの工房で作ってみる?」と声をかけてもらったことをきっかけに、一気に話が進んだ。
そこからわずか2〜3カ月後の2020年2月には、屋号を『おやつ屋yocco』とし、県内のマルシェに出店するという驚異的なスピードでおやつ屋としての一歩を踏み出した。
最初の頃は周りの人に試食してもらい、感想を聞きながら味を確立させようと試行錯誤したこともあったそう。気になる全国各地のお菓子を取り寄せたり、思いついた素材の組み合わせを携帯のメモアプリに書き留めたり。一つひとつ試しながら、おやつと向き合う姿からは高田さんの謙虚で実直な人柄がにじむ。
そうしてたどり着いたのが「すべての人の好みに合わせることはできないからこそ、自分自身がおいしいと思えるものをつくりたい」という考え。現在にわたる約6年間のおやつ作りの基準になっている。
日常に、ちょっとしたご褒美を

現在は自宅に構えた小さな工房で、定番のクッキー3種類をはじめ、パウンドケーキ、スコーン、ビスコッティなど週に6~9種類ほどのおやつをつくっている。素材には佐那河内で採れたすだちや梅のほか神山産の緑茶などを使用し、甘さは控えめに仕上げるのが特徴だ。
「食べたら気持ちがほっこりするような、忙しい毎日の中で食べてホッとできるようなお菓子を目指しています。日常の中で、子どもに隠れてこっそり食べる、自分へのご褒美みたいなイメージです」とほほ笑む。
取材時点では、毎週金曜日に徳島市内の『喜多野安心市』『木のおもちゃデポー』『本物屋』へ商品を届けている。「いつかは佐那河内でも販売できたら」と話す高田さんの目には、これからも佐那河内で暮らし、営む未来が映っているように感じた。

