【対談】令和11年度刊行予定『佐那河内村史』 100年後へ、今の佐那河内を届けるために

公開日 2026年08月17日

 

『佐那河内村史』は、昭和42(1967)年に本編、昭和63(1988)年に続編が刊行された。それからおよそ半世紀。村制140周年の節目である令和11(2029)年秋の刊行を目指し、新たな村史の編纂(へんさん)事業が進められている。

 

村史と聞くと、昔の出来事をまとめた“歴史の本”という印象を持つ人も多いかもしれない。しかし、役割はそれだけではない。村で暮らした人々の営みや文化、風景を記録し、100年後を生きる人へ受け継ぐ「未来への手紙」でもある。


今回は、編纂を監修する高橋啓さんと、実務を担う石尾和仁さんに、一冊の村史ができるまでの裏側と、そこに込める思いを聞いた。
 

 

佐那河内村史 監修
高橋啓(はじめ)さん(日本近世史研究家)
昭和13年生まれ。高校教員を経て、四国大学や鳴門教育大学教授を務めたのち、鳴門教育大学学長に就任した。専門は日本近世史。山村や農村の歴史史料を掘り起こし、数々の史料集を編纂してきた。これまでにも県内各地の自治体史編纂に携わる。現在は故郷・神山町で研究を続ける傍ら、地域の若者らとともに地域を学ぶ勉強会を開いている。

 

佐那河内村史 編纂委員会事務局
石尾和仁さん(佐那河内村学芸監)
昭和36年生まれ。高校教師を経て、日本中世史を研究しながら鳥居龍蔵記念博物館や徳島県立文書館などに勤務。現在は佐那河内村学芸監として村史編纂の実務を担うほか、村の歴史や文化を地域へ還元するため『さなごうち学ブックレット』や『文化財マップ』などの小冊子を制作。企画展や講座も開催している。 
 

村史は「未来へ村の記憶を届ける手紙」

 

—村史とは、どのようなものですか。

 

高橋:村史を作るということは、村の記録を調べて、その歩みをまとめて、次の世代に継承していく作業です。まさに、未来へ村の記憶を届ける手紙だと思っています。これは行政の責務であると同時に、村の住民にとっては自分たちの立ち位置を確かめる文化的な営みであるように思います。村史づくりというのは、村の歴史遺産、文化遺産、生活遺産を現時点で整理してそして次に継承していく。そういう文化的かつ行政的な営みだという感じがしますね。 

 

石尾:高橋先生がお話しされたように、地域住民のアイデンティティそうしたものを醸成していく手がかりになっていくものだと思いますし、行政としても作成していく必要性の高いものだと思います。歴史は固定的なものではなくて、新しい史料が見つかったり既存の史料でも解釈の深化によって当然歴史像は変わってくるのでこれは定期的に繰り返し編纂していくものだと思います。

 

—前回の村史の刊行は昭和42(1967)年と、続編が昭和63(1988)年でした。なぜ今、新しい村史を編む事業が始まったのですか。

 

高橋:前回の編纂から半世紀、日本の社会は劇的に変わりました。前回の刊行の昭和42(1967)年ごろは、たとえば洗濯はまだ手でしていたしご飯は火を起こして炊いていました。いわば江戸時代の暮らしがまだ続いていたころです。その後、電気製品が普及し、洗濯機や炊飯器が家庭に広まりました。人々の暮らしは、わずかな期間で劇的に変化したんです。それが続編が出た昭和63(1988)年ごろで、日本の社会がガラッと変わっていった時代ですね。こうした大きな時代の転換期には、行政も住民も、自分たちが歩んできた道を見つめ直す必要があります。今はAIやフェイクニュースの時代と言われる予測困難な時代。自治体史作りというのは、ある意味で社会の大きな変革期に当たって時代が要請してる、そんな感じがするんですよね。こうした大きな転換期だからこそ、自分たちが歩んできた道を振り返る必要があります。

 

石尾:老人会などで聞き取り調査を行っている際、70歳代や80歳代の方々から「10年早かったら、もっと古いことを知っている人が健在だったのに」とよく言われます。 だからこそ今やっておかないと10年後には当時のことを知る人がいなくなり、復元できなくなる情報がたくさんあるという危機感もあります。

 

—実際に村史はどのようにして作られていくのですか。

 

石尾:まずは史料収集がすべての出発点です。古文書や公文書、写真だけでなく路傍の石造物なども材料になります。史料は村内だけでなく、村外に出て行っているものもあるので幅広くアンテナを高くしてさまざまな情報を収集します。かつて村の神社にある記録を調べているとき、実は幕末の徳島藩による歴史編纂事業の控えだったことを、筑波大学のデータベースと照合して突き止めた際のワクワク感は今でも忘れられません。

 

高橋:調査の過程は、研究者にとって宝の山を探すような、知的好奇心を激しくかき立てられる作業なんですよ(笑)。

 

石尾:そうですね(笑)。そして、そうした史料収集後は、専門分野ごとに担当する編纂委員が原稿を執筆し、委員会で何度も読み合わせを重ねながら、一冊に仕上げていきます。 

 

高橋:編纂は可能な限り、村民のみなさんが村史づくりに参加できるチャンスがあればいいとも思っています。村の暮らしや年中行事、祭りなど、昔から受け継がれてきた文化は、村で暮らしてきた人だからこそ語れることがあります。そうした村民の皆さんの経験や記憶、史料をぜひ村史づくりに生かしていただければと思っています。そして現在集まっている編纂委員は、徳島県内でも第一線で活躍されている人ばかりです。佐那河内村にとって、本当に誇れる体制だと思います。そのまま今のスタッフをスライドさせて、徳島県の県史の編纂にもふさわしいような、そういう人に集まっていただけたのは佐那河内の自慢でもあると思います。
 

自治体史を手がけるプロが語る佐那河内村の魅力 

 

—村史を作る中で感じた佐那河内の魅力を教えてください。

 

高橋:故郷で隣町でもある神山町と比較すると、トンネル一つ超えただけで同じ山間だけど非常に“明るくて開放的”な印象です。地形的にも米作りや特色のある農作物を栽培できる豊かさがあり、人々が、そうした豊かな風土の中で前向きに暮らしてきた明るさを感じます。近隣の町では江戸時代に騒動が起こった記録もありますが、佐那河内ではそのようなことを聞かないのもそうした土地柄が表れているのだと思っています。 
 

石尾:それから徳島市に近い利便性がありながら、素晴らしい自然環境が残っている点もあげられると思います。村にはネイチャーセンターもあり、こうした専門的な知見や自然環境を、小中学校での教育や自治活動にもっと生かすことができると思います。自然を身近に感じられるのも、大きな魅力です。

未来へつながる村史を目指して 


—完成した村史を、どんな一冊にしたいですか。


高橋: 床の間の飾りになるのではなく、村の人たちが集まって読み合わせができるような親しみやすい本にしたいですね。気軽に集まって読書会や勉強会に活用してもらえる、そのためのテキストになればうれしいです。そこから村の課題に気づいたり、新しい動きが生まれたりするような、生きた村史を目指しています。


石尾:そのためにも、村史は作って終わりではありません。それを活用し続け、次の時代に向けて記録を積み重ねていく仕組みを残したいと考えています。史料を大切に保存し、20年後、30年後の次の編纂へつないでいく体制づくりも必要です。

 

—最後に、村民のみなさんへメッセージをお願いします。


石尾:ご家庭にある古い写真や史料は、歴史を復元する大切な鍵です。価値があるか分からなくても、まずは一度相談していただきたいです。 


高橋:特に昔の写真には、大きな説得力があります。百聞は一見に如かずというように昔の写真が訴えてくるもの、あるいはその写真の中から読み取れるものってすごいと思うんですよね。みなさんのご協力が、100年後へ残る村史をより豊かなものにしてくれると思います。