公開日 2026年06月26日
大窪徹さん

村内屈指の観光スポットとして知られる大川原高原。春から秋にかけて広大な草原でのんびりと草を食む牛たちの姿は、この場所を象徴する風景の一つとなっており、多くの人がその穏やかな景色に癒やされている。この風景を50年以上にわたって守り続けてきたのが大窪さん。牛とともに歩んできた半世紀と、その支えとなっているものを聞いた。
牛と暮らしをともにしてきた50年

大窪さんが牛飼いを始めたのは19歳の頃。それ以来、今日まで牛と向き合ってきた。若い頃は酪農を営み、当時は村内にも数軒の酪農家がいたという。搾った牛乳は寺谷地区へ運び、そこから徳島市内へ出荷されていたと話す。
当時の生活は過酷だった。夜中の1時、2時まで働き、朝は5時半には再び牛舎へ向かう。睡眠時間は4時間ほどという生活が何年も続いた。「このままでは体がもたない」。そう感じた17〜18年前、酪農から和牛繁殖へ転換。現在は母牛を育て、生まれた子牛を8〜10か月ほど育てて出荷している。

大川原高原で放牧されている牛は、お腹に子どもを宿した母牛たち。例年4月ごろになると嵯峨地区丸田の牛舎から標高1,000メートルほどの高原へ放ち、11月ごろまで広い草原で育てる。草原で思う存分歩き、新鮮な草を食べることで丈夫で引き締まった体がつくられるという。
何より印象的なのは大窪さんと牛たちの関係性。「お~い」と声をかけると山の上からゆっくりと牛たちが集まり、決まった時間になれば自ら牛舎へ戻ってくる。その様子からは大窪さんが日ごろから牛へ愛情を注いできたことがうかがえる。
「あの子らに生かされとる」

厳しい仕事を続ける大窪さんの何よりの支えになっているのが、二人の孫の存在だ。「孫が生まれてからは、学校の送り迎えや予定に合わせて生活しとるくらいよ」と微笑む。
「送り迎えの車の中で話をする時間も毎日の楽しみなんよ。3年前の誕生日には、孫たちが夜中の12時までかかってケーキを焼いてくれてな。ほんまにうれしかった」。
そんな何気ない日常が「牛飼いも、あとひと踏ん張りしよう」と思える力になっているという。「高校を卒業するまで、二十歳になるまで…と目標がどんどん伸びていく。あの子らがおって、牛がおって、自分も楽しく生きていける。あの子らに生かされとるんよ」と穏やかに笑う姿が胸に残った。
「ここへ来たら牛を5分でも10分でも眺めて、ゆっくりした時間を過ごしてほしい」と大窪さん。50年以上、牛と向き合い続けてこられたのは、大川原高原を訪れる人が、穏やかな時間を過ごしてほしい、変わらず続くこの場所の風景を守りたいという思いがあったからこそ。家族の存在を力に、牛とともに歩み、この景色を次世代につないでいく毎日は、これからも続いていく。

