家族で続ける屋根工事

公開日 2026年04月30日

更新日 2026年05月18日

山田瓦工業

日本の風景をかたちづくる瓦屋根。その一端を担うのが、佐那河内村で屋根工事業を営む『山田瓦工業』だ。代々家族で受け継がれてきたこの仕事は、現在、四代目の山田真也さんを中心に、弟の山田将之さん、そして二人の息子の結己さん、博翔さんの四人で支えられている。家族経営だからこそ育まれた使命感や継承について、真也さんに話を聞いた。

 

事業の起点 

『山田瓦工業』の歴史は100年以上前にさかのぼる。真也さんの曽祖父の代に始まり、当時は瓦だけでなく、左官業なども含めて暮らしに必要な仕事を幅広く手がけていたという。時代の流れとともに、祖父、父へと受け継がれ、令和元年からは真也さんが代々の看板を背負っている。
真也さんにとって、瓦屋という仕事は特別なものではなく、幼い頃から生活の一部としてそばにあった。父や祖父に連れられて現場へ行き、働く姿を間近で見て育った記憶が、今の仕事観の原点になっている。

 

家業を継ぐ決意 

本格的に家業に加わったのは20代後半の頃。高校卒業後は兵庫県尼崎市の製紙会社に勤めていたが、1995年の阪神・淡路大震災が転機となった。連絡が取れないことを心配した父からの声かけもあり、地元へ戻る決断をする。
仕事は、父の背中を追いながら覚えた。教えられるというよりも見て学び、実践の中で体に染み込ませていく。現場で出会うさまざまな職人の仕事ぶりを吸収し、自分のものにしていく過程は、現在の「まずはやってみる」という姿勢にもつながっている。
ほどなくして弟の将之さんも加わり、父と三人で現場に立つ日々が始まった。主な仕事は屋根の葺き替えや瓦の修理。時代のニーズに応じて変化する屋根のあり方に対応しながら、30年近く仕事を続けてきた。
「瓦は焼き物やけん、一枚一枚に表情がある。ただ並べるだけやなくて、手間はかかっても、できる限り手をかける。それがうちのやり方です。ずっと続いてきたことやし、守り続けていかなあかんと思っています」。
その言葉どおり、一般住宅はもちろん、村内の寺院の山門の屋根など、地域の大切な建物も数多く手がけてきた。
 

受け継がれていくもの

この仕事の魅力を尋ねると、真也さんは少し考えたあと、こう語った。
「会社員のときにはなかった感覚やけど、自分が手がけたものがずっと残り続ける。それはやっぱりうれしいですね。子どもが小さい頃は、『あれ、お父さんがやったんよ』って言えましたし」。
その背中を見て育った息子の結己さんは、4年前から家業に加わった。中学生の頃から「じいちゃんの仕事を守りたい」という思いを持っていたという。体調を崩した祖父と一緒に仕事ができた時間は決して長くはなかったが、その想いは確かに受け継がれている。
将之さんの息子である博翔さんも加わり、今年で3年目を迎えた。日々の現場で経験を重ねながら、失敗を糧に着実に力をつけている。判断の速さや体の動きにはすでに職人としての片鱗があり、黙々と作業に向き合う姿は頼もしい。
先代の背中を見て育った家族だからこそ共有できる“守るべきもの”への強い意志。それが『山田瓦工業』の根幹にある。長年培われたチームワークのもと、確かな技術で現場を支えている。
一方で、瓦職人の世界は担い手不足という課題にも直面している。若い世代の職人は少なく、高齢化も進んでいる。その現状を踏まえ、真也さんは言う。
「自分たちがおらんようになったら困る仕事やと思っています。だからこそ、この仕事を絶やしたくない」。代々続いてきた生業を次の世代へ。家族でつなぐその想いが今日も屋根の上で形になっている。