暮らしに根ざした思いやりで地域をつなぐ

公開日 2026年01月29日

更新日 2026年02月02日

長尾久代さん

長尾さんの毎日は驚くほど忙しい。婦人会、味噌作り、しゃくなげ市、ユネスコ活動、交通安全協会、社会福祉協議会⋯予定を書き込むスケジュール帳には隙間がない。多忙な日々のなかで多岐にわたる活動を続ける原動力は何なのか教えてもらった。

 

日常を舞台に、生き生きと

佐那河内で生まれ育った長尾さん。村外の男性と結婚後、県外で2年間過ごしたのち再び佐那河内に戻り、上字宮前地域にあった『長尾商店』で2017年の閉店まで商いを続けてきた。そんな中、商いをしながら婦人会・社会福祉協議会・交通安全協会・徳島ユネスコ協会など、複数のボランティア活動にも精力的に参加。またプライベートも活動的で、神奈川県に住む孫に会いに飛行機で出かけ、熱海や箱根を一緒に旅したこともあるという。公私の境なく、人生を楽しみながら動き続けてきた。

『しゃくなげ市』の立ち上げに携わる

約35年前、農山漁村に滞在し自然や交流、農業や漁業体験を楽しむ余暇活動・グリーンツーリズムが全国で注目され始めた時期に、佐那河内でも新たな取り組みを模索する動きがあった。長尾さんを含む女性4人は、城崎温泉周辺や京都府南丹市美山町、岡山県美星町などの先進地を視察。人と自然の交流を生かした地域づくりに強い感銘を受けたという。宿に戻ってからは深夜3時ごろまで「佐那河内でもできることはないか」と4人で夜通し語り合ったと振り返る。

その後、役場や村長の助言を受け、婦人会や生活改善グループ、農協婦人部など、村内6〜7の女性団体に声をかけ、女性だけの組織『しゃくなげ市推進協議会』を結成。こうして1995年、毎月第2・第4日曜日に開かれる『しゃくなげ市』が誕生した。

当初は、現在のさくらももいちごの集荷場(下座鯉ノ内)がある場所にテントを張って開催していた。役場や農協をはじめ、村全体が一丸となって支えてくれたそう。現在は旧佐那河内村役場の駐車場にて、『生活改善グループ』や『カトレア会』、『しゃくなげ市 加工部』が作るいりめしや赤飯、餅などの加工品、佐那河内で採れた野菜や果物を販売。8時オープンにも関わらず、7時すぎにはお目当ての商品を求めて多くの人が足を運んでいるという。
 

地域の女性たちと作り続けるみそ

『しゃくなげ市』で販売されている人気商品のひとつが[さなごうち手作りみそ]。このみそ作りにも、長尾さんは深く関わっている。女性メンバーを中心に、毎年仕込まれているものだ。

みそ作りは40年ほど前、農業総合振興センター建設に伴い、健康維持などを目的に活動する女性組織『生活改善グループ』の取り組みの一環として始まった。当初は各家庭で必要な分を仕込むため、1〜2月にかけて村内の集落を順番に回り、各戸女性たちが集まって作業を行っていた。

その後、普及所の指導員から「衛生許可を取って販売してみてはどうか」と勧められたことをきっかけに、販売用のみそ作りが始まった。「保健所の衛生許可を取得して販売を始めた今はもう亡くなっている先輩方に、一から丁寧に教わりました」と長尾さん。伝統を絶やすまいと後を引き継ぎ、許可の更新や製造管理も担っている。


 

継承を続けるための一歩

かつては150口(※)ほどつくっていたみそも、人口減少や家族構成、食生活の変化により、現在は14〜20口程度と、全盛期の6分の1以下にまで減少した。みそ部のメンバーも徐々に減り、現在は7人となっている。この現状に危機感を覚えた長尾さんは役場に相談し、広報を通じて『みそづくり教室』の参加者を募集。その働きかけが実を結び「学びたい」と関心を示す若い世代の参加も見られた。

※大豆7.5キログラム、米麹7.5キログラム程度を指す単位

『農業総合振興センター加工室』(下字中辺)で、4日間かけて製造する教室では、「蓋あげまーす」「かき混ぜまーす」など長尾さんの明るい掛け声に合わせ、参加者全員でみそ作りを学んでいく。1日目は白米を洗い、水に浸す。2日目は米を蒸し、冷ました後、“種付け”と呼ばれる工程で麹菌をすり込み、発酵機へ。3日目は麹のかたまりをほぐす“切り返し・手入れ”を行った後、大豆を水に浸す。4日目は麹を発酵機から取り出して冷まし、蒸し煮した大豆・湯・塩と混ぜ合わせる。仕込んだみそは約10カ月間じっくり寝かせ、各家庭用とともに『しゃくなげ市』や『ふるさと物産直売所』(下字中辺)で販売されるもの、佐那河内小中学校・保育所の給食に使用されるものも一斉に作られる。作業終了後には、みその保存方法や腐らせてしまった場合の対処法について、若い世代が長尾さんのもとに集まり、熱心に質問する姿も見られた。

 

 

人を思う心の原点

多忙な長尾さんを想い、娘や孫からは「体のためにも、時には断ることも大事」と心配されることもあるという。それでも「ばあちゃんからボランティアを取ったら、何が残るんよって言うんよ」と照れくさそうに話す。

生まれは地域の人々が自然と集まる商店。営んでいた母は「独り暮らしのお年寄りを昼間招いて食事を出し、夕方まで預かりたい」と語るほど世話好きな人だったという。「この感覚は、お母さんから受け継いだものかもしれんなあ。こんな勝手気ままな私を許してくれる周りの人や家族のお陰かな」と長尾さん。村の活気や営みを守るために手を差し伸べるその姿勢は、暮らしの中で自然に受け継がれてきたものであり、地域のつながりを支えてきた力でもある。