公開日 2024年03月29日
仲野咲彩さん
佐那河内に戻り、社会人1年目
兵庫県の武庫川女子大学を卒業後、2023年に地元の佐那河内へ戻り、徳島県内の情報をフリーペーパーや雑誌、アプリで発信する「株式会社あわわ」に入社した仲野咲彩さん。仲野さんは小学校の先生になるために、大学は教育学部へ進学。しかし、大学時代にボランティアで行った小学校での体験を機に、社会に出てさまざまな経験を積んでから先生になりたいと思うようになったという。佐那河内で過ごした幼少期の思い出を振り返ってもらいながら、小学校の先生を目指すようになったきっかけや、仲野さんが子どもたちに届けたい思いについて話を聞いた。
小学生時代に育まれた地元への愛着
小さい頃からとても活発で、クラスの中でも目立つ女の子だったという仲野さんの小学生時代。バレーボールチームに所属しキャプテンを務めていたけれど、心の中では野球がやりたくてたまらなかったという。
「小学生のときは前に出たがりで、学級委員をしたり、授業で積極的に発表をするタイプでした。外遊びが好きで、男子のドッヂボールに混ざりたいし、バレーボールじゃなくて本当は野球がやりたくて、密かに男の子に憧れていました。」
同じクラスの同級生は19人。男女の垣根はなくみんなが仲良しで、中学を卒業してから今も、毎年年末にはほぼ19人全員が集まって同窓会をしている。「放課後に旧中学校で缶蹴りをしたり、おにごっこをしたり。休みの日は自転車で村中を走り回ったり、夏は川で泳いだり。あの頃に戻りたいくらい小学校・中学校の楽しい思い出があるから、みんなのことも佐那河内のことも大好きです。」
悲しいニュースから先生になろうと決意
高校は城南高等学校に進学。1学年の人数は19人から300人以上になり、入学当初は同級生との接し方に戸惑い、通学するのがおっくうだった。そんな中でも念願のソフトボール部に入部し、初心者にも関わらず持ち前の運動神経とリーダーシップを発揮。キャプテンに抜擢され部員を引っ張りながら、四国大会への出場を果たす。部活動に打ち込むなかで高校生活に馴染んでいくかけがえのない日々を送る中で、仲野さんは将来の夢を抱くようになる。
「部活が終わって家に帰る母の車の中で、よくニュースが流れていました。当時、虐待やいじめで子どもが亡くなるという事件が頻繁に取り上げられていて、この悲しい問題に対して私ができることは何かと考えたときに、先生として関わることでできることがあると気づいたんです。」
ボランティア先の小学校で刺激を受ける
大学へ進学し、教育に関するさまざまな分野を学ぶなかで、佐那河内小学校の授業や先生が、どれほど自分の人生に影響を与えているかを痛感したと仲野さんは語る。
「小学校の授業で川に行って水中生物を観察だったり、学校におじいちゃん・おばあちゃんが来て昔遊び教室をしてくれたり。自然や文化に触れる体験にいつもワクワクしていました。私は小学校の先生から制限されたような経験がなくて、それがすごく心地よかったし、自分がしてもらったような経験を子どもたちにも届けたい。いろんな感性が育まれる小学生の時期に、子どもたちと一緒にワクワクする経験をしたいんです。」
仲野さんはさまざまな教育現場を知るために、関西のある小学校でボランティアとして学校生活を支援していた。ところが、そこで目の当たりにした先生の対応に衝撃を受けることになる。
「私がボランティアで行った小学校の先生は、一人ひとりの個性を伸ばすことよりも、やるべきことをきちんとやることを大事にする人で、子どもたちに“がんばりなさい”、“やりなさい”と強く言っていたことに驚きました。極端ですけど、私は必要以上にがんばらなくていいし、その子がやりたいことを大事にしたいと思っていて。でも、社会人経験のない私が先生になったときに、その環境で教える立場になったら自分を貫く自信がなくて…。この体験がきっかけで、一度社会に出て先生以外の仕事に就き、広い視野を持って子どもたちの心に寄り添いたいと思うようになりました。」
仲野さんは満を持して両親に思いを告げて説得。教員になるなら徳島でと決めていたことから、地域のことを知りながら地元を盛り上げられる「株式会社あわわ」の入社試験を受け、見事合格する。
先生になったときに活きる「編集」という仕事
「株式会社あわわ」では編集部に所属し、アプリとフリーペーパーで紹介する新店情報の記事と自家焙煎コーヒーのお店を紹介する連載を企画し、取材と執筆を担当している。
「正直まだ仕事を楽しめる余裕がなくて…。原稿を書くのに時間がかかって、〆切に追われるプレッシャーに苦しんでいます。でも、この前初めて上司にコーヒーの原稿を褒めてもらって、やっとスタートラインに立てたなって言ってもらえたのはすごくうれしかったです。」
今の目標は、あわわのアプリ内で20代が楽しめるコンテンツを企画し、立ち上げることだ。
「徳島は何も無いと決めつけて、雑誌を見たり、ネットで調べたりするのを諦めて県外に出ていってほしくないので、そこをどうにかしたいと思っています。」
早く先生になりたいという思いは変わらず持ち続けながら、編集やライターの仕事を通していろんな世界を見てみたいという仲野さん。苦しんだり、失敗しながら、人と人との素敵な出会いや営みを紡ぎ出す「編集」という仕事で培う経験は、きっと先生になってからの宝物になるだろう。